札幌開発株式会社の前身は、昭和49年に東京テアトルのナイトレジャー部門として「札幌クラブハイツ」をオープンさせた札幌営業所にあります。
会社としては昭和51年、同店の営業を引き継ぐ形で設立されました。
4年後の昭和55年、ナイトレジャー産業から新たな事業展開を図るために『串鳥』の1号店をすすきのにオープン。
開店当初から現在のようなチェーン店化を視野に入れており、店と商品工場は別々に運営されていました。
当初は他の焼鳥店と同じように男性、サラリーマンの姿が目立ちましたが、昭和56年に開店した2号店からは、若者と女性をターゲットとした商品開発や店舗づくりを行うことによって、これまでの家庭的な焼鳥屋のイメージを払拭、後のチェーン展開を成功させる礎となりました。
若者や女性を主要客とするために、『串鳥』が行ったことはふたつ。
ひとつはオリジナルのつくねを開発すること。
東京や大阪の焼鳥店を食べ歩き、さまざまなつくねを調査した結果、通常の丸いものではなく、五平餅のような平たいものを採用、さらに、つくねの中に女性の好きなチーズを入れたり、梅ダレをトッピングしてオリジナルメニューとしたのです。
ふたつ目は、従業員に若者を採用すること。元気で活気ある店内にすることで、同年代の若者も気軽に入れる店を作りあげたのです。
昭和63年、初の郊外店として誕生した『串鳥平岸駅前店』の成功によって、チェーン展開は札幌中心部から一気に札幌市内、道外へと広がりを見せます。
現在では札幌19店舗、道内2店舗、仙台4店舗と全国展開を行っている『串鳥』ですが、今年5月には東京初の吉祥寺に進出。
30年前に商品開発のために訪れた地に、念願の出店が叶うこととなりました。
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